−シャンシャンシャン,。鈴の音が耳に残りトラウマになっている。−
北海道に住んでいた時のことである。
膝の調子も少し良くなりかけた頃,妻がニペソツ山に行こうと言った。
「二人だと不安だけど,登山開きに合わせると人も多いので安心だ」と言う。
しかし,このニペソツ山は獲得高度で1,440m水平歩行距離で14km以上のコースである。とてもとても歩ききる自信がない。
そこで,登山開きの2週間前に,どこかの小学校から然別湖までの26kmを歩く催しに参加することにした。ここを歩ききれないようだとニペソツ山は無理だろうと
思った。
当日は晴天で日差しがきつかったが,結果は5時間半ほどで歩ききり自信を持った。
妻は暑さバテでフラフラだったので,足さえ治れば妻には負けないなどと密かに不謹慎な優越感に浸っていた。しかし,山歩きに勝ち負けを持ち込む自分の性格は情けないものがある。
登山当日は,我々二人の他にKさん(頭文字ではありません)が加わってくれた。Kさんのスタイルは,80リットルはあるような大きなザックを背負い,長靴を履いている。
正直驚いた。私の頭の中は「登山するときは登山靴」で凝り固まっていたから。その時のKさんいわく「もっとハードな登山の時は登山靴を履く」そうである。
Kさんは時々私たちの方を振り返りながら先導してくれた。途中Kさんの知り合いと思われる人達が,挨拶をしながら追い抜いていく。
山頂を踏むことなく途中で引き返す人達が多くいた中で,我々夫婦が山頂を踏めたのは,このKさんのお陰である。
山頂に着くとKさんのお仲間達が周囲に集まり,めいめいがザックから食べ物を出している。
Kさんは大きなザックからビール缶何本かと牛肉の固まり(3kgはあっただろう)
と厚手の鉄板を取り出し,サイコロステーキを作り始めた。
「このKさん,こんな重たいものを背負って長靴で登ってきたのか。化け物みたい」
と思った。でも,化け物はKさんだけでは無かったのが後で知ることになる。
お肉をごちそうになり,下りの足手まといになってはいけないと思い,宴もたけなわの頃,お礼を言って先に下ることにした。登山口についたらお先に帰るつもりで丁重にお礼を言った。
下りはきつかった。半分も降りたところだろうか。歩いても歩いても同じような道が続く。「途中で道を間違えたのでは」と不安になり始めた。足が疲れて辛い。辛い,ツライ。
そんなとき,上の方から「シャンシャンシャン,シャンシャンシャン」と鈴の音が聞こえてきた。
見る間に近づいてきた。Kさんとそのお仲間達だ。
ホッとした。「良かった。道は間違えてない」
Kさんが「大丈夫かい」と声をかけてくれる。
「丈夫です。お先にどうぞ。ゆっくり下りますので」と言うと「では」と言って降り
ていった。
その後ろ姿は「シャンシャンシャン,シャンシャン....」と軽やかなリズムを刻み遠
ざかっていった。
5人の人間がまるで1人の人間しかいないようなリズムだ。不思議なものを見ているような感覚を覚えた。
登山道を一定の鈴の音で下りるのは難しい。大概の人はガチャンガチャラとうるさい音を出している。
さてさて,やっとの思いで登山口に着いた。ホッとしたのか登山口から車のところまで行くのに膝がガクガクでうまく歩けない。
次の日から筋肉痛で筋肉痛で階段の上り下りができない。1週間は泣きの1週間だった。妻は割合平気な顔をしていた。
26km歩いたときは妻にちょっと優越感を持っていたが,そんなものは粉々に吹っ
飛んだ。平地歩きと山歩きは違うことを思い知らされたのでした。
それ以来パートナーには,いまだに登山では頭が上がらないなぁ。(T T)
それにしても,あの鈴の音が耳に焼き付いて離れない。 |
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