登山靴が8足の話

 

  ---夜明けの山頂から見る湖は,まるで鏡のような水面だった。---

 湖が実は太平洋だと分かったのは,それから数年後のことだったが,これが中学3年生の時初めて登った,函館の駒ヶ岳の印象だった。

 この時が初めての山登りなのだが,その時の印象は,夜間登山で懐中電灯をつけて登山等を歩いていたことと,鏡のような水面しか残っていない。ザックを背負っていたのか,何を履いて行ったのかまったく記憶がないが,靴はおそらくズックの運動靴だったのだろう。

 2度目の山登りは,高校時代に山岳部の連中と一緒に,やはり駒ヶ岳に登った。この時は,なぜか革製の登山靴を履かされて登っている。この時の印象は,どこかの駅を降りて登山口に向かうときから,踵がやけに痛かったことと,山頂手前でバテて,休ませてくれと泣きをいれたことしかない。そうそう,下りの何処かで登山靴を脱いで,踵を見たらなんと骨まで見えていたような記憶がある。1週間くらい靴が履けない状態だった。

 それがショックだったのか,私の趣味は海釣りと素潜りでアワビやウニを,無断で分けていただく時期が長く続いた。(これは密漁と言うのかもしれない)

 年を重ねるに連れいつの間にか山菜取りやキノコ採集などの趣味も増え,このころに今のパートナー(カミさん)と結婚した。

 結婚後もしばらくは海釣りやキノコ採集が続いたが,函館の駒ヶ岳登山以来20年ほど経ったころ妻が突然「登山に行こう!」と言い出した。

 「ヤマ〜ッ?」無意識のうちに高校時代の悲惨な出来事が反応したのか。「山なんか行ったって面白くないよ!」と言うと,妻はいつになくしぶとく食い下がってきた。

「登山に行くと,あなたの好きなキノコがいっぱいあるわよ」

「ソ〜カ〜ッ!見たことのないキノコがいっぱいあるか」その言葉に釣られたのが,山歩きの始まりだった。

 記念すべき最初の山は,札幌市の空沼岳に妻が決定しそれに従がった。(この頃からすでに私の主体性のない性格が出ている)

 山に行くに当たり,事前準備で用意周到いろいろ考えたのだが,特に履物についてはよくよく検討した。

1.まず履きやすいこと!→革靴はだめだ。履き易さではズック靴だ。

2.できる限り滑りにくい靴が良いはずだ→接地面の多い靴が滑りにくいはずだ。

3.地面の感触がよく分かる靴が良いはずだ→革底はだめだ。ゴム底のような柔らかい靴だ。

「ヨシッ!,バスケットシューズが一番だ。完璧だ。!! 山に行くぞ!」

 

 登山口を出発して30分ほど歩いたところに,タマゴタケという朱色のキノコが群生していた。「グフフフフッ!帰りに全部収穫だ。大漁だ」。

 

 

 

 

 途中の登山道で靴が滑るが,「ウ〜ン,山道はやっぱり滑るなあ。バスケットシューズを履いてきて良かった。地面の状況がよく分かるし,ふつうの靴なら滑って全然登れなかったぞ」などと考えながら,順調に登山を続けた。昔の人は,「ものは考えよう」とか「知らぬが仏」とは良く言ったものである。

 途中,山上の湖に感動しながら山頂まで行ったはずだが,その後起こった悲劇が強すぎて当時の記憶がない。

 さて,下りも楽しいルンルン気分で,途中の避難小屋まで来たところで,「オ〜,山小屋だ。いいね〜。ここで休憩していくことにしょう」バルコニーで大休止。

 一眠りして体の火照りもとれたし,足の熱もずいぶん冷めたので,この後も快調に降りられるはずと思いこんでいた。

 下りを開始してまもなく,どうも足が重いので,沢沿いの登山道で休憩をとっていると,杖をついて足を引きずりながら降りていく登山者を見かけた。「可哀相に足がつったんだな」と余裕をかまして,哀れみをかけていたのをはっきり覚えている。これから起きる自分の悲劇も知らないで。

 足の疲れもとれたので,下り始めたその時,左膝付近にピリッと痛みが走ったその瞬間から,曲げた膝を伸ばそうとすると激痛が走って伸ばせない。

 それからは5分歩いて10分休みの状態で,登山口に向かう。やっとタマゴタケのキノコの場所まで来たが当然のことながら,採取する気持ちになれない。妻に3個ほど採取させ又進む。こんな状況で少しでも採ろうという性格が情けない。やっとのことで登山口に着いたときには,薄暗くなりかけていた。

 自宅に帰ってきてから「なぜだ?なぜ,膝が痛くなったんだ,なにが悪かったんだ。歩き方か?靴か?」しばらく考える日が続いた。こんなこと考えないでも,当然の結果なのだが,あの頃は,素人の大馬鹿者だった。今でも素人だけど,小馬鹿ものくらいに知識が付いたかもしれない。

あれ以来,今でも疲れてくると下りで膝が痛む。

 私の購入した登山靴の数は,ほとんどが日帰り登山にもかかわらず8足になる。山歩き歴12年では当然多すぎると言えるだろう。

 私が登山靴に異常にこだわるのは,高校時代と空沼岳の山行が原因かもしれない。きっとそうだ。妻は「ただの浪費癖よ。買い込んでいるのは,靴だけでないでしょ」と言うが,私はそうは思いたくない。

 

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