やさしい女性(ひと)の話

なんてやさしくて親しみやすい女性(ひと)だろう。

これがその人への第一印象だった。

以前にも書いたが,私は持病の膝痛を抱えているので,長い下り坂を歩いていると突然痛みがおそってくる。こうなると,もういけない。ストックを利用し足を引きづりながら時間をかけて下りることになる。

 私は「キジバト登山隊」なるものを勝手に立ち上げ,私が隊長になっている。最も,このことは隊長以外誰も知らない。隊長である私は,元来が小心者で気が弱く優柔不断の性格なので,私のパートナー(妻)を副隊長に指名している。

 このことは密かに指名しているので,私のパートナーは当然知らない。「キジバト登山隊」などと言いだしたら「フフゥン」と鼻で笑われ,なに考えているんだかと言われるだろう。

 私が登山に行くときは膝痛の心配から副隊長に必ずと,言っていいほど同行して貰う。まぁ,はっきり言って副隊長の方が持久力はある。
 しかし,山の知識は隊長の私の方があるぞ。
 例えば,道具は極力軽いものを選ぶ。そのために道具をずいぶん買い換えている。さらに,道具を軽くするよりも体重を減らす方がより効果的だとも考えている。だから,食事の量を制限するように心がけている。だから小食だ。しかし,この効果はあまり上がっていない。なぜ体重が減らないんだ。甘いもの摂り過ぎかなぁ。

そんなこと考えるより,体力を付けるトレーニングをした方がよっぽどいいに決まっているが,どうも安易な方に走ってしまう傾向があるなぁ。

 まあ,そんな訳で,団体登山やツアー登山にはほとんど参加しない。膝痛の心配などと言っているが,単に気が弱くて参加できないだけかもしれないが。

 ある時,少人数パーティの登山に参加することにした。参加申し込みの決断をするまでは,「皆さんについていけるかな。膝痛は大丈夫かな」と,あれこれ,あれこれ悩んだ。優柔不断の隊長の性格丸出しでね。体重が10kgは痩せたかと思ったもんだ。

 当日。集合場所にはワンボックスカーがあり,早くも乗り込んでいる女性達がいた。
 私はドキドキしながら車のそばに行った。「どこにザックをおくんだ。どこに座ったらいいんだ。席は決まっているのか。」いろんなことが頭をよぎる。

 その時,一人の女性が声をかけてくれた。「ザックはそこに置くといいですよ。席は空いているところならどこでもいいんですよ」ってね。

「おぉぅ。なんと優しく親切な女性(ひと)だ。」

その人のザックを見ると大きく膨らんで,いかにも山の経験が豊富そうである。
私はすっかりその人に親しみを感じ,登山口までの車中で何度か話をして,多少なりともリラックスすることができた。最も話しかけてくるのは相手ばかりだったが。

 登山中はペースもゆっくりだったので,皆さんに遅れることもなく,しかし,緊張のため,あまり楽しくもなく山頂に着いた。

ちょうどお昼どきなので食事を摂ることになった。
私は優しくて親切な女性のそばについ座ってしまう。気が弱いので一番親しくしてくれている人のそばに座ってしまうのは成り行きであると思っているが,パートナーいわく,「単に女好きの性格がそうさせるのでしょう」と,手厳しい。(^_^;;

私の食事の内容は行動食に徹しているので,と言うか,荷物を軽くしたいために簡素なものである。
隣の女性を見ると,果物やお菓子やらが並んでいる。

その女性が,
「おひとついかが」と声をかけてくれた。
「おぉぅ。なんと優しく親切な女性だ。ウレシィー。」ありがたく頂いた。
「もうひとつどうぞ」
「えぇ。あ,ありがとうございます」思わず言葉も丁重になり,ありがたく頂いた。

「これもどうぞ。こちらもどうぞ」
「いや。どうも。そんなには・・・」言葉もしどろもどろだ。
「そんなこといわないで食べてちょうだい。」
「そんなには食べられないです。もう充分です。」優柔不断の私もさすがに断ってしまった。

「なに言ってるの。もっとたくさん食べてよ。残したら重くて下りが大変なんだから。もっと食べなさいよ。」と口調も荒くなっている。
「で,では,頂きます。ウググッ!」気が弱い私は断り切れず口からはみ出すかと思うほど食べたころ,

「これで帰りはだいぶん楽だわ」と薄くなった自分のザックを見ながらお許しがでた。

下りではあまりにもお腹がきつくて下を見ることができないくらいだった。

それ以後,山登りではザックを膨らました優しい女性には気をつけている。

山登りの食事は行動食だけにして欲しいよなぁ。それでは物足りない人も,ほんの少し他人にお裾分けする量だけにして欲しいなぁ。

 

 

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